アザーンとイカーマ

概要

現世と来世における成功の鍵であるサラー(礼拝)へと呼びかけるアザーンとイカーマは、ムスリムでなくともその美しさに耳を澄ませたことがあるかもしれません。ここではアザーンとイカーマに関して紹介していきます。

Download

تفاصيل

②アザーンとイカーマ

アザーンとは:決められた形式の句でもってサラー(礼拝)の規定時間の到来を知らせることにより、アッラーを崇拝することです。

アザーンはヒジュラ暦元年に定められました。

アザーンが定められたことに秘められた英知:

1-アザーンはサラーの規定時間とその場所を告知し、サラー及び多くの善に溢れた集まりの場へといざなう呼びかけでもあります。

2-またアザーンは、最も大きな恩恵の1つであるサラーの遂行に関しておろそかな者たちや、またそれを忘れやすい者たちへの注意の喚起でもあります。サラーはしもべをその主へと近付けてくれる成功の源なのであり、アザーンはムスリムがその恩恵を逃してしまわないがための呼びかけなのです。

イカーマとは:決められた形式の句でもってサラーの開始を知らせることにより、アッラーを崇拝することです。

アザーンとイカーマの法的位置づけ:居住者、旅行者の別なく、男性に課された連帯義務[1]です。またアザーンとイカーマは15回の義務のサラーと、金曜日の集団礼拝のみに行われます。

預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)には4人のムアッズィン(アザーンを行う者)がいました:

彼らはマディーナの預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)モスクのビラール・ブン・ラバーフとアムル・ブン・ウンム・マクトゥーム、同じくマディーナのクバー・モスクのサアド・アル=カルド、そしてマッカのハラーム・モスクのアブー・マフズーラです。

アブー・マフズーラはアザーンをタルジーゥ[2]の形で行い、イカーマは各文句を2回ずつ唱えていました。一方ビラールはアザーンをタルジーゥではない形で行い、イカーマはといえば各文句を1回ずつ唱えていました。

アザーンの徳:

 アザーンをする者は、声を大きく上げるのがスンナ[3]です。というのもジンであれ人間であれ、またその他の何物であれ、アザーンする者の声を聞いた全ての存在は審判の日に、彼のためにそのことを証言するからです。またアザーンする者はその声の大きさだけ罪を赦され、それを聞いた全ての存在は彼の唱えるアザーンの言葉を確証します。また彼には、彼と共にサラー(礼拝)した者の報奨と同様のものが与えられるでしょう。

 1アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“アザーンと(礼拝において)最前列(に立つことに潜む偉大な報奨と徳)を人が知り、そして(それゆえにその役割や場所が満杯になってしまい)くじ引きするしかなくなったとしたら、彼らはそうしたであろう。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[4])"

 2-ムアーウィヤ(彼にアッラーのご満悦あれ)は、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:「アザーンする者たちは審判の日、最も首の長い者たちである[5](ムスリムの伝承[6]

スンナにおける確証されたアザーンの形式:

1-預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)時代にアザーンをしていた、ビラール(彼にアッラーのご満悦あれ)のアザーンの形式:15の文からなります:

1- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

2- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

3- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

4- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

5- アシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラー(私は、アッラーの他に真に崇拝すべきものがないことを証言します)

6- アシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラー(私は、アッラーの他に真に崇拝すべきものがないことを証言します)

7- アシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラー(私は、ムハンマドがアッラーの使徒であることを証言します)

8- アシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラー(私は、ムハンマドがアッラーの使徒であることを証言します)

9- ハイヤー・アラッ=サラー(サラーに来たれ)

10- ハイヤー・アラッ=サラー(サラーに来たれ)

11- ハイヤー・アラー・アル=ファラーハ(成功へと来たれ)

12- ハイヤー・アラー・アル=ファラーハ(成功へと来たれ)

13- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

14- アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)

15- ラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に真に崇拝すべきものはなし)

(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[7]

 2-アブー・マフズーラ(彼にアッラーのご満悦あれ)のアザーンの形式:19の文から成立しています。最初のタクビール[8]4回唱えますが、重複する部分があります(この形式をタルジーゥと言います)。

 アブー・マフズーラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は私に、自らアザーンを教示してこう言いました:“このように言うのだ:「アッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)、アッラーフ・アクバルアッラーフ・アクバルアッラーフ・アクバルアシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラー(私は、アッラーの他に真に崇拝すべきものがないことを証言します)、アシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラーアシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラー(私は、ムハンマドがアッラーの使徒であることを証言します)、アシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラー。」それから、戻って声を伸ばして(こう言うのだ):「アシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラー(私は、アッラーの他に真に崇拝すべきものがないことを証言します)、アシュハド・アッラー・イラーハ・イッラッラー。アシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラー(私は、ムハンマドがアッラーの使徒であることを証言します)、アシュハド・アンナ・ムハンマダッラスールッラーハイヤー・アラッ=サラー(サラーに来たれ)、ハイヤー・アラッ=サラーハイヤー・アラー・アル=ファラーハ(成功へと来たれ)、ハイヤー・アラー・アル=ファラーハアッラーフ・アクバル(アッラーは偉大なり)、アッラーフ・アクバルラー・イラーハ・イッラッラー(アッラーの他に真に崇拝すべきものはなし)。」"」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[9]

 3-上記のアブー・マフズーラと同じ形式で、冒頭のタクビールが4回ではなく2回だけの形式:つまり文の数は17になります。(ムスリムの伝承[10]

 4-最後の文以外の各文が、2回のみに限られる形式:つまり文の数は13になります。

 イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)の時代のアザーンは、各々(の文章)を2回ずつ繰り返す(形の)もので、イカーマは(各文章を)1回ずつ(唱える形のもの)でした。但し(イカーマにおいては)カドゥ・カーマティッサラー(サラーはまさに始まった)、カドゥ・カーマティッサラー"という言葉を(挿入して)唱えました。(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[11]

そしてスンナは、これらの形式を全て適用することです。つまりある時はこの形式、またある時は別の形式、ある所ではこの形式、またある所ではこの形式、という風に時折変化をつけることです。それはスンナを保護し、その合法的かつ様々な多様性を持った側面を実践していくためなのです。但しそうすることで人々の間に大きな問題をもたらす原因となりそうな場合は、それを避けた方がよいでしょう。

ファジュル(夜明け前のサラー)のアザーンの際には、「ハイヤー・アラー・アル=ファラーハ(成功へと来たれ)」の言葉の後に、「アッ=サラートゥ・ハイルン・ミナン=ナウム(サラーは眠りに勝れり)、アッ=サラートゥ・ハイルン・ミナン=ナウム」と付け足します。これは既出の4つのアザーンの形式全てに適用されます。

正しいアザーンの諸条件:以下のようなものがあります:

 アザーンの言葉が順序正しく、かつ連続しており、各文章の間に長い間隔空いていないこと。義務のサラーの規定時間帯に入っていること。アザーンする者が信頼性に優れ、理性があり、宗教的に真面目で、分別のある成人男性ムスリムであること。アザーン及びイカーマがスンナに則った形式でもって、アラビア語で行われること。

アザーンを大きな声でゆっくりと唱え、「ハイヤー・アラッ=サラー(サラーに来たれ)」の所で顔を右に、そして「ハイヤー・アラー・アル=ファラーハ(成功へと来たれ)」の所で左に向けることはスンナです。あるいは以上の各文の1度目で右に、2度目で左に顔を向けるようにします。

カテゴリー:

フィードバック