サラー(礼拝)に関する法規定

概要

サラー(礼拝)中に厭われる行いや許される行い、サラーをしている者の前を通ることや、サラー中のよそ見などについての法的見解を見ていきます。

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تفاصيل

サラー(礼拝)に関する法規定

サラーにおいてアル=ファーティハ章(クルアーン第1章)を読むことに関する法規定:

イマームであれ、イマームに従う者であれ、あるいは単独でサラーを行う者であれ、サラーにおいてアル=ファーティハ章を読むことは義務です。それはそのサラーが義務のものかあるいは任意のものか、また声を出して行うものかあるいは潜めてするものかを問いません。アル=ファーティハ章は各ラクアで必ず読まなければなりませんが、サラーに遅れて来てイマームと共にルクーゥ(お辞儀の形の礼拝動作)するのには間に合ったものの、アル=ファーティハ章を読むことが出来なかったというような場合はその限りではありません。また声を出すべきサラーにおいてイマームに従う者も同様です。

もしアル=ファーティハ章を知らない場合は、どこからでもよいのでクルアーンの知っている箇所を読みます。もしクルアーンを全く知らない場合には、こう唱えるようにします:「スブハーナッラー、ワルハムド・リッラー、ワ・ラー・イラーハ・イッラッラーフ、ワッラーフ・アクバル、ワ・ラー・ハウラ・ワ・ラー・クウワタ・イッラー・ビッラー(いかなる欠陥や不完全性からも無縁のアッラーの崇高さよ。アッラーにこそ全ての賞賛あれ。唯一のアッラーの他に真に崇拝すべきものはありません。アッラーは偉大です。アッラーの他に諸事を司り事象を変転させる、いかなる威力もありません)」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[1]

集団礼拝に遅れてやって来てサラーに途中参加した者は、その参加した時点でのラクアがその者にとっての最初のラクアと見なされます。そしてイマームがタスリームした後、途中参加する前に過ぎてしまった分のラクアを完遂します。

サラーの最中、体の清浄さが失われてしまった場合[2]にどうするか?

サラーの最中に体の清浄さが失われてしまったり、あるいは体が清浄な状態にはなかったことを思い出したりしたら、その時点でサラーを中断します。

アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「サラーをしている最中に(放屁して)体が清浄ではなくなってしまったら、鼻をつまんでそこを立ち去るのだ。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[3]

サラーで何を読むべきか?

1-各ラクアでいずれのスーラ(クルアーンの章)を読むにしろ、そのスーラを最後まで読み切ること、またクルアーンに編纂されている順番通りにスーラを読むことはスンナです。また1つのスーラを2つのラクアに分割して読むことも可能ですし、1つのラクアに複数のスーラを読むことも、あるいは2つのラクアで同じスーラを繰り返し読むことも出来ます。クルアーンに編纂されている順番に逆行してスーラを読むことも出来ますが、それを常習的に行うべきではなく、時々行うのなら害はありません。

 2-義務のサラーであれ任意のサラーであれ、スーラの最初から始めて読んでも、真ん中から始めて読んでも、後ろの方から始めて読んでも問題はありません。

サラーで沈黙すべき場所:

イマームであれ、イマームに従う者であれ、あるいは単独でサラーを行う者であれ、サラーには2箇所沈黙すべき箇所があります:

1箇所目は:タクビーラトゥ・アル=イフラーム[4]後で、サラー開始のドゥアー(祈願)を声に出さずに読むためです。

2箇所目は:クルアーンを読み終わった後からルクーゥの前までです。

そしてこの2箇所以外の沈黙‐例えばイマームがアル=ファーティハ章を読み終わった後に、他の者がそれを読むための時間を与えるために沈黙することなど‐には、法的根拠はありません。

サラー開始の際のドゥアー(祈願)には3種類あります:

最善のものは「(あらゆる欠陥や不完全性から遥かに無縁な)崇高なアッラーよ…[5]のようにアッラーの讃美からなるもので、その次は「私は天地の創造主に、シルク[6]を犯す者ではなく純正な信徒[7]として顔を向けました…[8]のように、しもべがアッラーのイバーダ(崇拝行為)について語るもので、その次に来るのが「アッラー、あなたが東西の間を遠く隔てられたように…」のようにしもべのドゥアーからなるものです。

サラーを遅らせることに関する法的見解:

サラーを定刻から遅らせるのは禁じられていますが、正当な理由のもとにジャムゥ・タアヒール[9]を行おうとする者、または何らかの大きな危険や病に直面している者などはその限りではありません。またサラーの最中に空を眺めることは禁じられています。

サラーにおいて忌避される行い:

以下に挙げることは、サラーの最中に忌避される行いです:

危険などの必要に襲われた場合を除き、振り向いたりすること。

目を閉じること。

顔を覆うこと。

(座位姿勢の時)犬のようにしゃがむこと。

無駄な動作。

腰に手を置くこと。

よそ見。

サジダ(伏礼)で両腕を地面につけること。

尿や放屁を我慢すること。

食欲をそそる食べ物が目の前にあり、しかもそれを食べることの出来る状態にあること。

両腕を組まずに垂らすこと。

口と鼻を覆うこと。

衣服をまくったり、髪を縛ったりすること。

あくび。

モスクで唾を吐くこと(それは罪であり、その償いは吐いた唾を取り除くことです。またそもそもキブラの方角に向かって唾を吐くことは、サラーの最中かどうかを問わず禁止されています)。

もし尿や放屁が我慢できそうになければ、それを解消してからウドゥー[10]し、サラーし直します。もしその時水がなければ、タヤンムム[11]をしてサラーします。

サラー中のよそ見に関する法的見解:

サラーの最中のよそ見は、シャイターン(悪魔)の仕業です。よそ見には①身体に関する感覚的なもの、と②心に関する精神的なもの、の2つがありますが、後者の対処策としては自らの左側に唾を3回吐き、かつ「アウーズ・ビッラーヒ・ミナッシャイターニッラジーム(私はアッラーに、呪われしシャイターン(悪魔)からのご加護を乞います)」と唱えることが挙げられます。また前者の対処策に関しては、気づいた時点ですぐさまキブラに向き直ることが挙げられます。

サラーにおいてストゥラ[12]を用いること:

 イマームであれ単独でサラーを行う者であれ、壁や柱、岩や棒、あるいは槍などをストゥラとして、そこに向かってサラーするのがスンナです。このことに関しては男か女か、旅行中かそうでないか、義務のサラーか任意かなどは問われることがありません。一方イマームに従ってサラーする者にとっては、イマームがストゥラの役割を果たすことになります。

サラーしている者の目の前を通過することに関する法的見解:

1サラーをしている者とストゥラの間を通過することは、禁じられています。そのような場合、サラー中の者は通過しようとする者を押し返さなければなりません。もしそうしても通過されてしまったら、その時は罪はその者にあり、サラー自体の報奨は‐アッラーの思し召しと共に‐減ることはないでしょう。

2-イマームであれ単独でサラーを行う者であれ、ストゥラを用いていない時にその前を女性やロバや犬が通過?

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