礼儀作法 - 衣服の礼儀作法 ()

ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アッ=トゥワイジリー

 

イスラームでは、衣類や装飾品、靴などに関しても詳細な礼儀作法や規定を定めていますが、それは人間の現世と来世における福利ゆえに他なりません。日本社会でも周りをよく観察してみれば、服装の乱れゆえに起こっている様々な問題を発見できるのではないでしょうか?
    礼儀作法 - 衣服の礼儀作法

    |

    礼儀作法 10 - 衣服の礼儀作法

    ] 日本語 [

    كتاب الآداب آداب اللباس

    [اللغة اليابانية ]

    ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アッ=トゥワイジリー

    محمد بن إبراهيم التويجري

    翻訳者: サイード佐藤

    ترجمة: سعيد ساتو

    校閲者: ファーティマ佐藤

    مراجعة: فاطمة ساتو

    海外ダアワ啓発援助オフィス組織(リヤド市ラブワ地区)

    المكتب التعاوني للدعوة وتوعية الجاليات بالربوة بمدينة الرياض

    1428 – 2007

    10-衣服の礼儀作法

    ● 衣服の徳:

    1-それは身を飾ります。崇高なるアッラーは仰られました:-アーダムの子ら(人類)よ、どこのモスクでも(衣服でもって)身を着飾るのだ。,(クルアーン7:31)

     2-それは体の恥部を覆います。崇高なるアッラーはこう仰られました:-アーダムの子ら(人類)よ、われら(アッラーのこと)はあなた方に、あなた方が(シャイターンの策略によって人類の祖アーダムとハウワーが露わにされたところの)恥部を覆うための衣服と着飾るための衣服を授けた。そしてタクワー[1]という衣こそは最上のもの。これ(アッラーが人類に衣服を与えられたこと)こそは、彼らがそれによって教示を受けるであろうアッラーのみしるしの1つなのである。,(クルアーン7:26)

     3-それは寒暑などから身を守ってくれます。崇高なるアッラーは仰られました:-そして(アッラーは)あなた方のために、暑さをしのぐ衣服と寒さを防ぐ衣服を与えられた。,(クルアーン16:81)

    ● アッラーがアーダムの子ら(人類)に定められた衣服:

    1-至高のアッラーは仰られました:-アーダムの子ら(人類)よ、われら(アッラーのこと)はあなた方に、あなた方が(シャイターンの策略によって人類の祖アーダムとハウワーが露わにされたところの)恥部を覆うための衣服と着飾るための衣服を授けた。そしてタクワーという衣こそは最上のもの。これ(アッラーが人類に衣服を与えられたこと)こそは、彼らがそれによって教示を受けるであろうアッラーのみしるしの1つなのである。,(クルアーン7:26)

    2-至高のアッラーは仰られました:-言え、「(アッラーが)そのしもべのために提供されたアッラーの装飾品と、その糧からのよきものを禁じる者は何様であることか?」言え、「それらは現世においては(そもそも)信仰者のためのもの(だが、不信仰者もその享楽に与ることが出来る)。そして(それらは)審判の日においては、彼ら(信仰者)のみのためのものなのだ。」このようにわれら(アッラーのこと)は、知識ある民にみしるしを明らかにするのである。,(クルアーン7:32)

    ● 最良の衣服:

    1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“白い衣服を着るのだ。それは最良の衣服であるから。そしてそれでもってあなた方の亡き人をくるむのだ。”」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[2]

    2-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の最もお気に入りの服は、アル=ヒバラでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[3]

    アル=ヒバラとは、美しい装飾を施された綿、あるいは亜麻製の衣服です[4]

    3-ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の最もお気に入りの服は、長衣でした。」(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[5]

    ● 男性及び女性にとっての腰布の着衣位置:

    1-アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ムスリムの腰布は、下肢の半分(の位置)までである。そしてそこからくるぶしまでの間であれば、何の気兼ねも間違いもない。だがくるぶしの下にまで達した部分は、地獄の業火の中にある。下半身を覆う衣を奢り高ぶって引きずって歩く者は、アッラーが彼を見守られないであろう。”(アブー・ダーウードとイブン・マージャの伝承[6]

    2-イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“下半身を覆う衣を奢り高ぶって引きずって歩く者は、審判の日アッラーが彼を見守られないであろう。”するとウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:“それでは女性は、衣の足元をどうすべきでしょうか?”(アッラーの使徒は)言いました:“(下肢の下半分の位置から)手の平1つ分だけ余分に伸ばしなさい。”(ウンム・サラマは)言いました:“それでは女性の足が露わになってしまいます。”(するとアッラーの使徒は)言いました:“それではせいぜい1腕尺分[7]まで伸ばしなさい。それ以上伸ばしてはならない。”」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承[8]

    ● イスバール[9]に対する警告:

     1-アブドッラー・ブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「イスバールは腰布と長衣、そしてターバンにある。それらを奢り高ぶって長くたらしている者は、審判の日にアッラーが見守って下さることはないであろう。」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[10]

    2-アブー・ザッル(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「“(次に挙げる)3人は審判の日、アッラーから語りかけられることもなければ、ご慈悲をかけられることもなく、またその罪から清められることもない。そして彼らには痛ましい懲罰があるのだ。”アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はそう3回繰り返しました。私は言いました:“(そのような者たちこそ)よきものを禁じられた損失者です。アッラーの使徒よ、一体それはどのような者のことですか?”(アッラーの使徒は)言いました:“イスバールをする者と、恩を着せたり自らの名声ゆえに施す者、そして偽りの誓いの言葉をもって商品を売る者である。”」(ムスリムの伝承[11]

    3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「くるぶしの下にかかる腰布の部分は、地獄の業火の中にある。」(アル=ブハーリーの伝承[12]

    ● 禁じられた衣服としとね:

    1-ウマル・ブン・アル=ハッターブ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“絹をまとってはならない。それを現世で身に付けた者は、来世でそれをまとうことはないのであるから。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[13]

    2-アブー・ムーサー・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「絹製の衣服と金は、私のウンマ(共同体)の男性に禁じられた。そして女性には許されたのである。」(アッ=ティルミズィーとアン=ナサーイーの伝承[14]

    3-アル=バラーゥ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は私たちに、7つのことを命じられました:(それらはつまり)病人を見舞うこと、葬儀への参列、くしゃみをした者に“ヤルハムカッラー(アッラーがあなたを慈しまれますよう)”と言うこと(です)。そして私たちに絹や錦、絹で縫われた衣服、金襴をまとうこと、また絹製のしとねを禁じられました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[15]

    4-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“私の時代にはまだ出現していない、2種類の地獄の民がある:牛の尾のような鞭を手に人々を殴る者たちと、体の一部を露わにするようないでたちをし[16]、自ら真理から遠のき、かつ他人をも迷わせるような女性たちである。彼女たちは(布や装飾品などで)頭を巨大なラクダのコブのように飾り立て盛り上げさせており、天国に入ることもなければ、その芳香に与ることもない。その芳香はしかじかの行程まで漂って来るのも関わらず、である。”」(ムスリムの伝承[17]

    5-アブドッラー・ブン・アムル・ブン・アル=アース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は、私が2枚組みの黄色い衣服をまとっているのを見て、こう言いました:“その服は不信仰者のものであるから、着るのではない。”」(ムスリムの伝承[18]

    6-フザイファ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は私たちに、金銀の器で飲食することと、絹や錦をまとうこと、そしてそれらの物の上に座ることを禁じられました。」(アル=ブハーリーの伝承[19]

    7-アブー・アル=マリーフ(彼にアッラーのご満悦あれ)がその父から伝えるところによれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は猛獣の皮(の利用)を禁じました。(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[20]

    また十字架や魂のある生物の描かれた衣服や、他人から際立ったような華々しい出で立ちをすることも許されていません。

    ● 禁じられた歩き方や服装:

    1-至高のアッラーは仰られました:-そして奢り高ぶって人々から頬を背けてはならず、地を高慢に歩いてはならない。アッラーはいかなる驕慢な自惚れ屋も愛でられないのだ。そして節度をもって歩み、声を低めよ。最も醜悪な声とは、ロバの鳴き声であるのだから。,(クルアーン31:18-19)

     2-至高のアッラーは女性に対して、こう仰られました:-そして(女性の信仰者たちは)衣服の下の装飾品(の音)を(高らかに鳴らして)人に聞かせるために、足を打つようにして(歩いて)はならない。,(クルアーン24:31)

    3-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は2種類の衣服の身だしなみを禁じました:(1つは)その恥部を隠す物も着けぬまま、1枚の布をまとって両足を胸元に抱え込むようにして座ること。そして(もう1つは、穴のない)1枚の布で体のいかなる部分も外に出すことなく、すっぽり完全に覆ってしまうことです。」(アル=ブハーリーの伝承[21]

    4-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“ある男が2枚組みの衣をまとい、長髪を肩になびかせつつ自惚れながら歩いていると、アッラーが大地の中に彼を飲み込ませた。そして彼は審判の日が来るまで、そこでもがき転がり続けるのだ。”(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[22]

    5-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は女性を模倣する男性と、男性を模倣する女性を呪いました。」(アル=ブハーリーの伝承[23]

     6-イブン・ウマル(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“ある民と同様の出で立ちをする者は、彼らの仲間である。”」(アブー・ダーウードとアフマドの伝承[24]

    ● 女性が衣服や装飾品で人目も露わに着飾らないこと:

    1-至高のアッラーは仰られました:-預言者よ、あなたの妻たちと娘たち、女性の信仰者たちに、彼女らが頭の先から外衣を羽織るように言うのだ。そうすれば彼女らは(奴隷ではなく自由民であると)認識されやすく、それで害を被ることもなくなるであろう。アッラーはお赦し深く、慈悲深いお方である。,(クルアーン33:59)

    2-至高のアッラーは仰られました:-そして女性の信仰者たちに、視線を慎んで貞操を守り、(やむを得ず)現れる飾りの他は露わにしないように言うのだ。そして彼女らに、頭巾を胸の辺りまで垂らすようにさせよ。,(クルアーン24:31)

    3-至高のアッラーは仰られました:-そして更年期に入り、結婚も望まないような高齢の女性は、装身具を露わにして着飾ることがなければ、(女性にとって禁じられた体の部位が露わにならない範囲で)外衣を着用せずとも罪はない。しかし(そのようにせず)慎ましくある方が、彼女たちにとってよいことである。アッラーは全知全聴のお方。,(クルアーン24:60)

    ● 身を飾り、清潔さを尊ぶこと:

    1-アブー・アル=アフワスがその父から伝えるところによれば、彼は言いました:「私(アブー・アル=アフワスの父)が粗末な服をまとって預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)のもとに赴くと、彼はこう言いました:“あなたに財産はあるか?”私は言いました:“はい。”(預言者は)言いました:“それはいかなる財産か?”私は言いました:“アッラーは私に、ラクダや羊、馬や奴隷を授けられました。”(すると預言者は)言いました:“アッラーはあなたに財産をお恵みになられたのだから、アッラーの恩恵と栄誉の印があなた(の姿)に反映されるようにしなさい。”」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[25]

    2-ジャービル・ブン・アブドッラー(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は私たちのもとにやって来た時、髪をぼさぼさに乱している男を見てこう言いました:“この男は自分の髪を梳かす物がないのか?”そして別の男が汚れた衣服を身に着けているのを見て、こう言いました:“この男は自分の衣服を洗う物さえないのか?”」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[26]

    ● 頭に着けるもの:

    アムル・ブン・フライス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「(今でも)私は、黒いターバンをまとってその両端を両肩の間に垂らしたアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が、説教壇の上に立っている姿を眼前に見ているかのようである。」(ムスリムの伝承[27]

    ● 新しい衣服を着用する時に言うこと:

    アブー・サイード・アル=フドゥリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は長衣であろうとターバンであろうと、新しい衣類を着用する時にはアッラーの御名を唱えました。そしてこう言いました:“アッラーよ、全ての讃美はあなたにこそあれ。あなたこそが私にこれを着せて下さいました。これにある良きものと、これによって得られる良きものを与えて下さいますように。そしてあなたにそこにある悪しきものと、それによって得られる悪しきものからのご加護を求めます[28]。”」アブー・バスラはこう言っています:「預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちは誰かが新しい衣服を着用した時には、彼にこう言ったものでした:“(その服が)着古され、その後更にアッラーが新しい物を与えて下さいますよう。[29]”」(アブー・ダーウードとアッ=ティルミズィーの伝承[30]

    ● 新しい衣服を着用した者が言われるドゥアー(祈願)の言葉:

    ウンム・ハーリド・ビント・ハーリド(彼女にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに、黒い模様付きの絹織りの服を含む何枚かの衣類がもって来られました。(アッラーの使徒は人々に)言いました:“この絹織りの模様付きの服を、誰に着せたらよいと思うか?”すると人々は黙り込んでしまいました。(アッラーの使徒は)言いました:“ウンム・ハーリドを連れて来なさい。”そして私は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとに連れて来られ、彼の手でもってそれを着せられました[31]。そして彼は私に2回、こう言いました:“(その服が)ぼろになり、着古されるまであなたが長生きしますよう。”」(アル=ブハーリーの伝承[32]

    ● 靴の履き方:

    1-ジャービル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は私たちの参加したある戦役において、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)がこう言うのを聞きました:“靴を履くようにせよ。靴を履けば、乗り物に乗っているよう(に安全)なものであるから。”(ムスリムの伝承[33]

     2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「靴を履く時は右足から始めるのだ。そして脱ぐ時は左足からにせよ。右足を先に履く方とし、後に脱ぐ方とするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[34]

    ● 男性の指輪はどの指に装着するか?:

    1-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は金の指輪を禁じられました。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[35]

     2-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の指輪は銀製で、その石の部分も銀でした。(アル=ブハーリーの伝承[36]

     3-アナス・ブン・マーリク(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は右手に銀の指輪をしていました。それにはエチオピア産の石が嵌めてあり、彼はその石が手の平側に向くようにしていました。(ムスリムの伝承[37]

     4-アナス(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は指輪を作り、こう言いました:“私は指輪を作り、そこに(アッラーの使徒ムハンマド、と)文字を刻んだ。ゆえにあなた方のいかなる者も、(同様の文字を)指輪に刻んではならない。”私(アナス)は(今でも眼前に)彼の小指の(指輪の)輝きを見ているかのようです。」(アル=ブハーリーの伝承[38]

    ● 女性が装着してもよい金銀製品:

    1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)と共にイード[39]に出席しました。預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は説教の前に礼拝すると、それから女性のところに赴きました。すると彼女たちは、(施しを集めるために預言者に随伴していた)ビラールの(広げられた)衣の中に、大小の指輪を投げ入れ始めました。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[40]

    2-アーイシャ(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、彼女はアスマーゥから首飾りを借りて、それを紛失してしまいました。それでアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は1人の男を(その捜索のため)使いに出し、彼はそれを見つけました。そして礼拝の時間が来ましたが、彼らは水を持ち合わせていなかったので、(ウドゥー[41]することなしにそのまま)礼拝しました。その後彼らはそのことをアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)に訴えましたが、こうしてアッラーはアッ=タヤンムムの節[42]を啓示されたのでした。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[43]

    ● 衣服やしとねを慎ましくすること:

    1-アブー・ブルダ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アーイシャは粗い生地の上衣と腰巻用の布を取り出し、私たちにそれを見せると、こう言いました:“預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の魂が(現世を離れて)旅立った時、彼はこれら(の衣服)をまとっていたのです。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[44]

    2-アーイシャ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)が身を横たえるベッドは、木の繊維が詰められたなめし革製のものでした。(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[45]

    [1] 訳者注:「タクワー」は「自らを守る」という動詞の名詞形。つまりアッラーを畏れ、またそのお怒りと懲罰につながるような行い‐つまりかれが命じられたことに反したり、あるいは禁じられた事柄を犯したりすることなど‐を避けることで、自らの身をアッラーのお怒りや懲罰から守ることを意味します。

    [2] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4061)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3426)、スナン・イブン・マージャ(1472)、サヒーフ・イブン・マージャ(1201)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [3] サヒーフ・アル=ブハーリー(5813)、サヒーフ・ムスリム(2079)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [4] 訳者注:他にも、イエメン製の上衣とか、刺繍の入った上等な服とか、緑色の服とか、また当時イエメンで最高級とされていた綿製の衣服であった、などという解釈があります(イブン・ハジャル著サヒーフ・アル=ブハーリー解釈「ファトゥフ・アル=バーリー」参照)。

    [5] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4025)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3396)、スナン・イブン・マージャ(3575)、サヒーフ・スナン・イブン・マージャ(2877)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [6] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4093)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3449)、スナン・イブン・マージャ(3573)、サヒーフ・イブン・マージャ(2875)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [7] 訳者注:1腕尺とは一般的に約46cm、あるいは約114cmなどと見られますが、イスラーム法における1腕尺はそれより短い単位であるといわれます(アル=ムバーラクフーリー著ジャーミゥ・アッ=ティルミズィー解説「トフファト・アル=アフワズィー」より)。

    [8] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(1731)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1415)、スナン・アン=ナサーイー(5336)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4929)。文章はアッ=ティルミズィーのもの。

    [9] 訳者注:くるぶしの下まで衣服を垂らすこと、あるいは衣服の1部分を必要以上の長さにすること。

    [10] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4094)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3450)、スナン・アン=ナサーイー(5334)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4927)。文章はアブー・ダーウードの文章。

    [11] サヒーフ・ムスリム(106)。

    [12] サヒーフ・アル=ブハーリー(5787)。

    [13] サヒーフ・アル=ブハーリー(5834)、サヒーフ・ムスリム(2069)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [14] 真正な伝承。スナン・アッ=ティルミズィー(1720)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1404)、スナン・アン=ナサーイー(5265)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4754)。文章はアッ=ティルミズィーのもの。

    [15] サヒーフ・アル=ブハーリー(5849)、サヒーフ・ムスリム(2066)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [16] 訳者注:別の解釈では、アッラーの恩恵に与りつつもそれに感謝しない者たち、また衣服を身に付けてはいても、善行や来世の意識やアッラーに対する服従などにおいて欠落している者たち、また肌が透けるほどに薄い衣装をまとった者たち、などという意味にも取れます(アン=ナワウィー著サヒーフ・ムスリム解釈より)。

    [17] サヒーフ・ムスリム(2128)。

    [18] サヒーフ・ムスリム(2077)。

    [19] サヒーフ・アル=ブハーリー(5837)。

    [20] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4132)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3480)、スナン・アッ=ティルミズィー(1770)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1450)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [21] サヒーフ・アル=ブハーリー(5821)。

    [22] サヒーフ・アル=ブハーリー(5789)、サヒーフ・ムスリム(2088)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [23] サヒーフ・アル=ブハーリー(5885)。

    [24] 良好かつ真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4031)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3401)、ムスナド・アフマド(5114)。イルワーウ・アル=ガリール(1269)参照。

    [25] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4063)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3428)、スナン・アン=ナサーイー(5224)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4820)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [26] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4062)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3427)、スナン・アン=ナサーイー(5236)、サヒーフ・スナン・アン=ナサーイー(4832)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [27] サヒーフ・ムスリム(1359)。

    [28] 訳者注:つまりその衣服をアッラーへの服従や崇拝行為に用いれば、それによって報奨が得られますが、その衣服をアッラーへの反逆行為や不服従に用いれば、それによって罪が得られることになります。

    [29] 訳者注:つまりその衣服が着古され、その後別の新しい衣服を得る時が来るまで長生きしますように、という意味です。

    [30] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4020)、サヒーフ・スナン・アブー・ダーウード(3393)、スナン・アッ=ティルミズィー(1767)、サヒーフ・スナン・アッ=ティルミズィー(1446)。文章はアブー・ダーウードのもの。

    [31] 訳者注:服は子供用のもので、当時彼女はまだ子供でした。

    [32] サヒーフ・アル=ブハーリー(5845)。

    [33] サヒーフ・ムスリム(2096)。

    [34] サヒーフ・アル=ブハーリー(5856)、サヒーフ・ムスリム(2097)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [35] サヒーフ・アル=ブハーリー(5864)、サヒーフ・ムスリム(2089)。

    [36] サヒーフ・アル=ブハーリー(5870)。

    [37] サヒーフ・ムスリム(2094)。

    [38] サヒーフ・アル=ブハーリー(5874)。

    [39] 訳者注:ここでの「イード」は「イード・アル=フィトゥル」つまり断食明けの祭日のこと。

    [40] サヒーフ・アル=ブハーリー(5880)、サヒーフ・ムスリム(884)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [41] 訳者注:イスラームにおいて定められたある一定の形式における、心身の清浄化を意図した体の各部位の洗浄。

    [42] 訳者注:「タヤンムム」とは、水が存在しなかったり、あるいはそれが正当な理由で使えない状態にある時、砂や埃を水の代用物として体を清浄な状態にすることです。クルアーンの4章43節参照のこと。

    [43] サヒーフ・アル=ブハーリー(336)、サヒーフ・ムスリム(367)文章はアル=ブハーリーのもの。

    [44] サヒーフ・アル=ブハーリー(5818)、サヒーフ・ムスリム(2082)。文章はムスリムのもの。

    [45] サヒーフ・アル=ブハーリー(6456)、サヒーフ・ムスリム(2082)。文章はムスリムのもの。