タハーラ(清浄)

概要

イスラームは清浄さを尊ぶ宗教ですが、ここではイスラームにおける心身の清浄さの概念、及び身を清めることの出来る水の種類、不浄性などについて簡単にご紹介します。

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Detailed Description

    タハーラ(清浄)

    ] 日本語 [

    الطهارة

    [اللغة اليابانية ]

    ムハンマド・ブン・イブラーヒーム・アッ=トゥワイジリー

    محمد بن إبراهيم التويجري

    翻訳者: サイード佐藤

    ترجمة: سعيد ساتو

    校閲者: ファーティマ佐藤

    مراجعة: فاطمة ساتو

    海外ダアワ啓発援助オフィス組織(リヤド市ラブワ地区)

    المكتب التعاوني للدعوة وتوعية الجاليات بالربوة بمدينة الرياض

    1428 – 2007

    イバーダート[1]

    ● イスラーム実践法に関する諸基礎及び諸法則から:

    ・ 確信は疑念によって打ち消されません[2]

    ・ 全ての物の本質は、その不浄性を示す法的典拠が存在しない限り、清浄です。

    ・ 人は法的典拠の存在をもって、初めて義務や責任を問われます。同様に全ての物事はその不浄性や非合法性を示す法的典拠がない限り、合法です。

    ・ 困難は物事の簡易化を原因付け、必要性は禁止されている物事を合法化します。

    ・ 必要性はその程度によって格付けられます。

    ・ 不可能な物事において、義務は課されません。またその必要性があれば、禁止事項は解除されます。

    ・ ある物事の害悪を排除することは、何らかの福利をもたらすことよりも優先されます。

    ・ 何か1つの選択を迫られた場合、より福利が多く望まれるもの、あるいはより害悪の程度の軽いものを選びます。

    ・ ある物事の法的判断を肯定するにせよ否定するにせよ、その物事の原因を考慮しなければなりません。

    ・ イスラームの諸義務は人間とジンに課されますが、その不履行による罰はそれ以外のものにも及びます。

    ・ イバーダート(諸崇拝行為、アッラーと人間との間の諸々の取り決め)の本質はそれを示す典拠がない限り、それに反したり変化させたりすることの出来ない不可侵のものです。一方慣習やムアーマラート(社会法、人間と人間の間の諸々の取り決め)の本質はそれを示す典拠がない限り、許された合法的なものです。

    ・ イスラーム法における命令は、それが推奨行為や合法的なものであるという典拠がない限り、義務行為となります。また禁止令は、それが忌避されるべきものであるという典拠がない限り、非合法なものです。

    ・ 全ての益の本質は合法性であり、全ての害悪の本質は非合法性です。

    ● 偉大かつ荘厳なるアッラーのご命令は全て、簡易性と易しさ、柔軟さの上に成り立っています。それゆえしもべは出来る限りそのご命令を遂行し、一方禁止令に関しては一律回避するのです。

    1-至高のアッラーはこう仰られました:-それゆえアッラー(からの懲罰の原因となるようなこと)から身を慎むのだ。そして(そのご命令を)聞き、従い、あなた方にとってよきものを施すのだ。,(クルアーン64:16)

    2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「私(の命じたこと)を、私があなた方に残したものだけに留めておくのだ。というのもあなた方以前の者たちは、彼らの預言者に対する(余計な)質問や(意見の)相違によって滅びたからである。ゆえに私があなた方に禁じたことは避け、私があなた方に命じたことは出来るだけ果たすようにするのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[3]

    1-タハーラ(清浄)

    ● タハーラとは:具体的、あるいは抽象的な穢れを被っていない、清浄な状態のことのことをいいます。

    1-外面的なタハーラとは:ウドゥー[4]や、衣服・身体・場所などの汚れを水で洗浄することによって得られる状態のことをいいます。

    2-内面的なタハーラとは:心がシルク[5]、不信仰、傲慢さ、自惚れ、憎しみ、妬み、偽善、見栄などの悪い習慣から無縁であり、同時にタウヒード[6]、イーマーン[7]、正直さ、真摯さ、確信、タワックル(身を委ねること)などの美しい性質で満たされている状態のことをいいます。また偉大かつ荘厳なるアッラーへの悔悟や罪の赦しを乞うこと、またかれをズィクル(念唱)することなどが、その状態をより完全なものとするでしょう。

    ● 主に語りかける時のしもべの状態:

     人は水によってその外面を清め、かつタウヒードとイーマーンによってその内面を清めれば、その魂は澄み、自我は美しくなり、心は快活になります。そして清浄な身体と心、衣服と共に清浄な場所において、その主に語りかける最良の状態への準備が完成されることになります。そしてこれこそは礼儀作法の極致であり、万有の主の比類ない偉大さをイバーダ(崇拝行為)でもって讃えることの最高の形なのです。これが「清浄さはイーマーンの半分である」と言われる所以です。

     1-至高のアッラーはこう仰られました:-実にアッラーによく悔悟し、(心身を)よく清める者は愛でられる。,(クルアーン2:222)

     2-アブー・マーリク・アル=アシュアリー(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“清浄さはイーマーンの半分であり、「アル=ハムド・リッラー(アッラーにこそ全ての賞賛はあれ)」(という言葉の念唱)は(善行の)秤を満たす。”」(ムスリムの伝承[8]

    ● 心身の健全さ:

    アッラーは人間を肉体と魂からお創りになられました。そして肉体には2つの側面から穢れが蓄積します。つまり発汗などの肉体の内部からの穢れと、埃など肉体の外部からの穢れです。ゆえに身体を健全に保つには、頻繁に洗浄する必要があります。一方魂もまた、2つの側面から穢れが蓄積します。つまり妬みや驕りなどの心の内面の病と、不正やズィナー(姦淫)など人が犯す対外的な罪のことです。それゆえ魂を健全に保つには、頻繁に悔悟し自らの罪の赦しを請う必要があります。

    ● タハーラはイスラームの美点の1つです。そしてそれは清浄な水を用い、イスラーム法に則ったやり方で汚れや有害物質を洗い落とすことを言います。そしてこれこそが、ここで説明するテーマなのです。

    ● 水の種類:

    1-清浄な水:それはつまり雨水や川の水、汲み上げたり自然に湧き出たりする地下水など、変質しないまま自然の状態にある水のことを指します。真水であろうとなかろうと、熱かろうと冷たかろうと、関係はありません。この種の水が、心身の清浄化に用いることを許されている清浄な水なのです。

    2-不浄な水:多かれ少なかれ、その自然の色や風味、匂いのいずれかが不浄な物質によって変化してしまった類のものです。この種の水は心身の清浄化に用いることが出来ません。

    ● 不浄な水は上記の性質の変化が自然に消失したり、またその変化が無くなるまで不浄な部分が排出されたり、あるいはそこに十分な量の清浄な水を足し加えたりすることによって清浄になります。

    ● 水が清浄か不浄か疑問に思った時は、水の元来の本質に基づいて考えます。水の本質とは、つまり清浄さです。

    ● 清浄な水が入った容器と不浄な水が入った容器があったのにその区別がつかなくなってしまい、かつそれら以外に水がない場合、推測によって清浄だという可能性がより高い方の水でウドゥーします。

    ● 清浄な状態と不浄な、あるいは非合法な衣服の2枚の服があったのに、その区別がつかなくなってしまい、かつそれら以外に他の衣服がない場合、清浄であると推測する方の衣服を着てサラー(礼拝)します。この場合‐アッラーの思し召しと共に‐サラーは正しく有効なものとなります。

    ● 小さな穢れ[9]と大きな穢れ[10]の清浄化は、水でとり行われます。しかしもし水がなかったり、あるいはその使用によって何らかの被害を被ったりする恐れがあるならば、水を用いずにタヤンムム[11]を行います。

    ● 身体や衣服、場所に付着した有害物質は水で、あるいは液体固体に関わらずその物質自体を落とすのに十分な効能を有する清浄な物質を用いて清浄化します。

    ● ウドゥーにおいて水を注ぐ際には、あらゆる清浄な器を用いることが出来ます。正しその器が盗んだものであったり、金や銀で出来ている場合は別で、そのような物は使用することはおろか所有することさえ許されません。ムスリムがそのような容器を用いてウドゥーをすればそのウドゥー自体は有効ですが、同時に罪を犯すことにもなります。

    ● 不信仰者の使用する器や衣服などは、その真の状態が未知である場合において、使用することが出来ます。というのも物事の本質は清浄であるからです。しかしもしそれらの不浄性が分かっている[12]ならば、それらは水で洗浄しなければなりません。

    ● 金や銀製の器を用いることに関する法的見解:

     男女の別なく、金銀の食器を飲食やその他の用途に使用することは禁じられています。但し女性が金を装飾品として用いることや、男性が銀の指輪を装着することは許されています。また破損したり欠落したりした歯や鼻などの修復のため、やむをえずそれらを使用する場合も別です。

    1-フザイファ・ブン・アル=ヤマーン(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「私は預言者(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)がこう言うのを聞きました:“絹や錦をまとってはならない。そして金や銀で出来た器で飲んだり、食べたりしてはならない。それらは現世において彼ら(不信仰者たち)のものであり、来世においては私たちのためのものであるからなのだ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[13]

    2-預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の妻ウンム・サラマ(彼女にアッラーのご満悦あれ)によれば、アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:「銀の器で飲む者は、実のところその腹を地獄の業火で煮えたぎらせているのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[14]

    ● 不浄性に関する諸規定:

    ムスリムがそこから自らを遠ざけ、またその跡を落とすまで洗浄しなければならない不浄なものには、以下に挙げるようなものがあります:

    人間の尿便。流れる血。月経と産後の出血。排尿後に出ることのある白色の濃い液体。精液の発射に先んじて排出される潤滑液。魚類とイナゴを除く死体。豚肉。ラバやロバなど食肉が許されない動物の尿便。犬のよだれ(それが付着した場合、7回水で洗浄しますが、最初の1回目は砂でこすります)。

    1-イブン・アッバース(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、(その中で亡者が)懲罰を受けている2つの墓の前を通りかかった時、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はこう言いました:「“彼ら2人は懲罰を受けているが、しかし大罪ゆえに罰せられているわけではない。1人の者は(存命中に)自らを尿(の汚れ)から守らなかったのであり、もう1人はといえば他人の言葉を言いふらして回る者であったのだ。”それから彼は葉のついていない新鮮なナツメヤシの枝を1本手に取ると、それを2つに折り、各々の墓に突き刺しました。それで(教友たちは)言いました:“アッラーの使徒よ、なぜそのようなことをするのですか?”(預言者は)言いました:“その枝が干からびるまでの間、彼らの罰は軽減されるだろう。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[15]

    2-アブー・フライラ(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました:「アッラーの使徒(彼にアッラーからの平安と祝福あれ)は言いました:“犬がよだれを垂らした器を清浄な状態にするには、それを7回(水で)洗浄するのだ。そしてその1回目は砂でもって(こするように)せよ。”」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[16]

    ● 不浄な物質が付着した靴や靴下は、その物質の跡が無くなるまで地面でこすることにより、清浄な状態になります。

    ● 眠る際には器を覆いや蓋でもって覆い、水入れの口を閉め、火を消すことが勧められています。

    [1] 訳者注:イバーダートとは一般的に諸崇拝行為など、アッラーと人間との間の諸々の取り決めを指します。一方社会法などに代表される人間と人間の間の諸々の取り決めなどは、ムアーマラートという名称によって括られます。

    [2] 訳者注:具体例についてはこの章の「6.ウドゥーを無効にする物事」の項「自分が清浄な状態にあるかどうか疑念を抱いた際、どうすべきか?」の欄を参照のこと。

    [3] サヒーフ・アル=ブハーリー(7288)、サヒーフ・ムスリム(1337)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [4] 訳者注:詳しくはこの章の「4.ウドゥー」の項を参照のこと。

    [5] 訳者注:詳しくは「タウヒードとイーマーン」の章の「シルク」の項を参照のこと。

    [6] 訳者注:詳しくは「タウヒードとイーマーン」の章の「タウヒード」の項を参照のこと。

    [7] 訳者注:詳しくは「タウヒードとイーマーン」の章の「イーマーンとイーマーンの諸特質」の項参照。

    [8] サヒーフ・ムスリム(223)。

    [9] 訳者注:「小さな穢れ」とは、排便、放屁、熟睡や失神や酩酊などによる一時的な分別の喪失などによって陥る状態のことです。

    [10] 訳者注:「大きな穢れ」とは、精液の発射、性交、月経や産後の出血などによって陥る状態のことです。

    [11] 訳者注:詳しくはこの章の「8.タヤンムム」の項を参照のこと。

    [12] 訳者注:具体例としては、それらの調理器具や食器類がイスラームにおいて禁じられている食物を調理した後のものであるものであったり、またそれらの衣服類が尿などの付着したものであることを知っていたりする場合などのことです。

    [13] サヒーフ・アル=ブハーリー(5426)、サヒーフ・ムスリム(2067)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [14] サヒーフ・アル=ブハーリー(5634)、サヒーフ・ムスリム(2065)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [15] サヒーフ・アル=ブハーリー(1361)、サヒーフ・ムスリム(292)。文章はアル=ブハーリーのもの。

    [16] サヒーフ・アル=ブハーリー(172)、サヒーフ・ムスリム(279)。文章はムスリムのもの。

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