Description

イスラームの教えに則った弔意の仕方を簡単に見ていきます。

Detailed Description

⑥弔意

 

     弔意の時間帯:

 遺体の埋葬前か後かを問わず、故人の死去による不幸にあたって遺族に弔慰を行うのはスンナです。その際にはこう言います:「実にアッラーがお取りになったものとお与えになられたものは、アッラーに属する。そしてかれの御許にあるもの全てには、決められた定命がある。それゆえよく耐え、そうすることにおいて報奨を期待しなさい。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[1]

 

     弔意の法的位置づけ:

 特に決まった期限もなく、遺族に弔慰を行うのはスンナです。そしてイスラーム法が許す範囲で遺族に慰めの言葉をかけ、その悲しみを和らげ、不幸に対しての辛抱とアッラーの定めに対しての満足へと彼らをいざなうよう努力します。また故人と、その家人のためにドゥアー(祈願)します。

 

     弔意の場:

弔意は墓地であれ市場であれ、サラーの場であれモスクであれ、はたまた家であれ、どこででも行うことが可能です。また遺族が家に留まり、弔問を望む者たちが彼らを訪問する、という形を取ることも可能です。

     遺族は弔問を受ける際に、黒い衣服などの特定のいでたちをしてはいけません。というのもそのようなことはアッラーの定めと定命への不服と捉えられるからです。

 

     非ムスリムを弔問すること:

イスラームとムスリムに対して明らかに敵対しているわけではない非ムスリムを弔問するのは許されていますが、故人に対してのドゥアー(祈願)は行いません。

     遺族に料理を作って送ることはスンナですが、逆に遺族が人々のために食事を作って振る舞い、集まりの場を設けるのは回避すべき行いです。

 

     故人に対して泣くこと:

泣き叫んだり喚いたりせずに泣くことは許されています。また涙は、アッラーが慈悲深いしもべの心に授けられる慈悲の象徴でもあります。

一方悲しみから衣服を裂き破いたり頬を叩いたり、声を上げたりすることは禁じられています。というのも人がその死ゆえに泣き叫ぶことにより、故人は墓の中で罰されなければならない‐つまり痛み苦しまなければならないからです。

1-アブドッラー・ブン・ジャアファル(彼らにアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)はジャアファルの家族を3夜の間、彼(預言者)が訪れるまで(ジャアファルの戦死を)悲しむままにさせておきました。それから(預言者は)彼らの許を訪れ、こう言いました:「“今日以降、私の兄弟(ジャアファル)ゆえに泣くのではない。”そして(預言者は続けて)言いました:“私の兄弟の子供たちを呼んでくれ。”そして鳥の雛のようないでたちの私たち(伝承者のアブドッラー、そしてアウンとムハンマド)が、彼の許に連れて来られました。(預言者は)言いました:“床屋を呼べ。”そして(床屋が来ると、)私たちの頭を剃らせたのです[2]。」(アブー・ダーウードとアン=ナサーイーの伝承[3]

2-ウマル・ブン・アル=ハッターブ(彼にアッラーのご満悦あれ)によれば、預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:「死者は彼(の死)ゆえに泣き叫ばれると、墓の中で罰されるのだ。」(アル=ブハーリーとムスリムの伝承[4]

 

 


[1] サヒーフアル=ブハーリー(7377)、サヒーフ・ムスリム(923)。文章はアル=ブハーリーのもの。

[2] 訳者注:ジャアファルはアリー・ブン・アビー・ターリブ同様預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)の甥にあたり、ムウタの役で戦死しました。「鳥の雛のような…」というのは、子供たちの髪の毛が生まれたての鳥の雛のようであったことを指していると言われます。また彼らの頭を剃らせたのは、ジャアファルの妻アスマーゥ・ビント・ウマイスが夫を失った悲しみに打ちひしがれ、子供たちの髪も十分に梳かしていなかった結果、とても汚れて虱などが湧いていた状態であったためであると言われます(アーバーディー著スナン・アブー・ダーウード解説「アウヌ・アル=マァブード」より)。

[3] 真正な伝承。スナン・アブー・ダーウード(4192)、スナン・アン=ナサーイー(5227)。文章はアブー・ダーウードのもの。

[4] サヒーフアル=ブハーリー(1292)、サヒーフ・ムスリム(927)。文章はアル=ブハーリーのもの。

feedback